夢幻の如く


最近の新刊に池宮彰一郎氏の「本能寺」というのがあり、立ち読みだったのでざっとしか読んでいないが(それでも1時間くらいは読んだ)、なかなかおもしろかった。
明智光秀による謀反の動機については全く目新しいというわけではないが、信長からの秘密指令など新しい要素が盛り込まれて、テンポも良く読み応えのある内容だ。


しかし一つ不思議な点というか、設定に無理が感じられる点が1つあった。
信長が人生は50年と悟っていたのは、彼が幸若舞の敦盛(かの有名な「人間50年、下天のうちをくらぶれば夢幻のごとくなり」というやつである)を好んでいたということから想像することは決して間違っているとは思わないが(実際信長は49歳でこの世を去る)、人生50年と見切った男が、いくら才能があるとはいえ、後継者として自分より6、7歳も年上(と言われている)の明智光秀を選ぶであろうかということである。
もちろん嫡子信忠への移譲の中継ぎではあろうが、この時点ですでに50を過ぎている男を後継とするだろうか。
ましてや力の衰えなどではなく、あくまで自らの年齢で引退を考えている男が、である。


本能寺にはまだまだ謎が多い。
歴史も人の心も、すべて仮説、憶測に過ぎない。
妄想をいかに楽しむか、楽しませるか。
そこに作家の価値を認めるのである。