あなたは後頭部が大きい生き物である。


 生物学的な分析はしないが、ざっと見回せばわかるように、人間は後頭部が大きい生き物である。
 もっと直截に言おう。
「あなたは、後頭部が大きい」


 アタシは実は男性の方でも背が高い方である。
 朝の満員電車の中でも、上方の澄んだ空気を吸うことができるのが幸せに感じる今日この頃だが、その際の悩み事はただ一つ。
 他の男性より確かにやや背は高いが、飛び抜けてデカいわけでもない。つまり、アタシの前に立つ男性の後頭部がアタシの鼻先をくすぐるのだ。くすぐったくてクシャミが出そうになる。満員で身動きもままならないので、口に手を当てることもできそうにない。そのままクシャミをしたら間違いなく彼の後頭部はアタシの唾とあるいは鼻汁まで加えて、粘度の高い霧状のスプラッシュに包まれることになるであろう。それはあまりに申し訳なく、またどうフォローしていいかわからないので、例えばティッシュで拭いてあげてもいいのか、謝らなければならないか、そもそも鼻先をくすぐったのはアチラの方なのに!
 いずれにせよそうしたトラブルを回避すべく必死にこらえるのだが、そうは言っても両手は使えないことが多いので、鼻先をまるでポバイかクシャおじさんかのようにつぼんだり伸ばしたりしてそのムズムズをなんとかごまかすのだけれど、その顔の動きを始めととした一部始終を別の人に見られていることがまれにあって、武士の情けじゃ、頼むから見ないでおくれ、と願うのであるが、そういう時って自分が逆の立場だったとしても、見てないフリをしながら、チラチラ見ちゃうものなんだよね。

 そして満員電車ってiPhoneをいじるくらいでも結構メイワクな場合があり、また特に男性はカラダの向きや近接する女性との位置関係によってはチカンに間違われないように手の位置を微動だにさせない努力をしていることがよくあります。

 そうしたときにできることはただ一つ。車内の広告を見ることになります。
 えてしてそんな時に悲劇は起こります。

 他にすることもなく、仕方ないから中吊りこうこでも見ようと顔を上げた瞬間、その後頭部はアタシの鼻をスマッシュヒットします。
 人は皆、顔を上げるイコール後頭部が後ろに傾くということに気づいていない。
 いや、アタシのような経験をした人も少なくないだろうから、気づいているに違いない。ただ、自分の後頭部も同じだ、ということを自覚している人があまりにも少ないのである。

 アタシはそのことに気づいてから、決して自分の最寄りの中吊りは見上げないことにしている。遠くのものしか見ない。どうしても見なければならない場合は、まず顔を前に突き出し、それからアゴを上げるように上を向く。かなりしゃくれた顔になるが、鼻梁被害者を増やさないためには必須の努力だと思う。

 また応用編として、満員電車では顔を前に突き出すとその後頭部にキッスしてしまうので、横を向いてから同様にアゴを前→上と動かしてから横目で広告を窺い見る。
 この時、横にいる人の怯えたような目線は見ないようにするのがポイントである。